研究内容

はじめに
アジアモンスーン
水循環変動機構
生物圏と気候


アジアモンスーンとその変動に関わるエネルギー・水循環過程
地球の気候システムおよび水循環を大きく支配しているアジアモンスーンの変動(季節変化、季節内変動、経年変動など)の実態とそのメカニズムを、観測データの解析と気候モデルによる数値実験により行っている。
グローバルおよび地域スケールでの水循環変動とその機構解明
温室効果ガス増加などによる人類活動は、地球および地域スケールの水循環を大きく変えるという懸念が、いくつかの気候モデルによる研究などにより指摘されている。研究室では、過去20年以上の全球的な観測データにもとづき、全球および大陸、地域スケールでの大気と地表面水循環の経年変動と長期変動の実態解明を行っている。
気候システムにおける生物圏(生命圏)の役割・機能の解明
森林・草原などの広域植生と気候の、水循環を通した相互作用過程を、シベリアの タイガ(寒帯林)、モンゴルの草原、およびサラワクの熱帯雨林で、現地観測データと衛星データおよび気候モデルによる数値実験などを組み合わせて研究している。

現在進行中の具体的なテーマは以下の通りです。


ボルネオ島および周辺海域における降水日変化の時空間特性

海洋大陸の中央に位置するボルネオ島における降雨・対流日変化についてを、熱帯降雨観測衛星データを用いて調べた。ボルネオ島ではインド洋から太平洋へ向かって東進する大規模擾乱の通過に伴い、下層東風期および下層西風期が30−60日の周期で交互に生じている。下層卓越風の違いに伴って、降水活動は日周期の中で西進(東風日)および東進(西風日)を示す。伝播は夜間〜早朝にかけて起こっており、伝播速度は両風向日ともに700hPa 高度の風速に近かった。大規模な循環場や島の地形に関連して、生じる降水活動の特徴は東風日・西風日で異なっており、東風日においては陸上西部で降雨が深夜まで持続し、陸上の降雨が終わる前に島西部の近海域で降水活動が始まる。その一方、西風日では降雨活動の位相が直接的に島上から島東部の近海域へ伝わっていく。陸上では降雨の性質の違いも大きく、東風日に層状性降雨が夜間に卓越するのに対し、西風日は対流性降雨が支配的だった。近海域では、降雨の性質は両風向日とも時間とともに対流性降雨から層状性降雨に変わっていくが、東風日は非常に背の高い降水システムが発達する傾向があった。西風日においては、は、ボルネオ渦と呼ばれる低気圧性循環に関連して、島西部の沿岸海域での背の低い降水システムが夜間〜早朝にかけて広範囲に発達していた。これらの日変化の結果の概念図をまとめたのが図1である。

図1:ボルネオ島における降雨/対流日変化の概念図(左−東風日、右−西風日)。日中11時から次の日の早朝10時まで3時間ごとに示している。

(Ichikawa, H., and T. Yasunari 2006: Time-space characteristics of diurnal rainfall over Borneo and surrounding oceans as observed by TRMM-PR. Journal of Climate, 19, 1238-1260.)


インドシナ半島における降水量の気候学的な休止期

インドシナ半島は、アジアモンスーンを構成するインドモンスーンと西太平洋モンスーンの境界域に位置し、アジアモンスーンシステムをつなぐ重要な地域と考えられる。過去50年間のタイの32地点の降水量データを解析した結果、タイの降水量の季節進行には、気候学的な二回の極大期とその間の極小(休止)期が存在し、それらがアジアモンスーン域の大規模なモンスーン循環と密接に関連していることがわかった。
 一度目の降水極大期は、6月上旬に、ベンガル湾上、北緯10度付近のモンスーン南西風の強化によるトラフの形成によってもたらされていた。気候学的な休止期には、インドシナ半島の西部でリッジが強化される(図1)。このリッジは、モンスーン西風の上流であるベンガル湾付近で、強風域が北側に拡大し、南北に連なるインドシナ半島の山脈にぶつかることによって、定常的な波が形成されたものと考えられる。さらに、その波は、下流の南シナ海に伝わり、南シナ海に強いトラフを形成し、南シナ海上の降水を増加させている(図2)。南シナ海の降水活動は太平洋高気圧の強化を通して、梅雨の活性化する。気候学的な休止期を境に、アジアモンスーン域全体で、モンスーン循環が大きく変化していることがわかった。さらに、タイの二度目の降水極大期は、気候学的な休止期に南シナ海、西太平洋上で活発化したトラフに沿って進んでくる、熱帯擾乱によってもたらされていた。
インドモンスーン域と西太平洋モンスーン域は、季節変化、経年変動ともに、独立な変動をしていると理解されていた。しかし、この研究によりインドシナ半島の気候学的な休止期は、モンスーン西風のわずかな南北の移動と、インドシナ半島の地形の力学的効果の相互作用、西太平洋モンスーン変動と非線形にリンクしていることが示唆された。

 



図1: タイにおける気候学的な降水量の極小期(6月下旬)とその直前の極大期(6月上旬)の対流圏下層(約1500m)の風の分布の差を流線で表したもの。実線がリッジ(高気圧性)であり、破線がトラフ(低気圧性)


図2: 図1と同じ。ただし、降水量。


(Takahashi, H. G., and T. Yasunari 2006: A climatological monsoon break in rainfall over Indochina in the summer and its influence on the seasonal march of the Asian monsoon circulation. Journal of Climate, 19, 1545-1556.)


夏季チベット高原における対流/降水日変化について

北半球夏季、チベット高原上での対流活動は非常に顕著な日周変化を示す。本研究では高原での対流活動が最も活発になる8月について、対流/降水の日変化特性を地形との関係に着目し解析した。
 標高5000mを越えるチベット高原はその高原上においてさらに複雑な地形を有しており、二つの谷域(点線A、B)及ひ、山地域(長点線C、D)が存在する(図1左部‐地形断面図)。高原上においては、日中(15LT)、雲は山地域C・Dに発達するが、夜間(21LT)になると谷域Bを中心に広く分布するようになる。日周変化における雲活動の移動をみてみると(図1)、日中に山地域C・D上に発達した雲が夕刻から夜間にかけて谷域Bに収束し、谷域Bでは深夜まで対流活動が継続することがわかる。この雲活動は降水活動を伴ったものである(図2)。日中(図2a)、降雨は山地域C・Dに多いが夜間になると(図2b)谷域Bにおいて降雨が多くなっていることがわかる。この傾向は特に降水頻度(実線)に顕著に現れている。日中の降雨量の60%以上は対流性降雨がらもたらされる。夜間になると高原上の対流性降雨の割合は減少するが、谷域Bでは対流性降雨が多い。これは、夜間にはメソスケール対流システムが谷域で発生しやすいことと関連している

 


Fig1: チベット高原の南北方向に沿う(88°E‐92°E平均)、雲の出現頻度の緯度時間断面図。左部は地形。


Fig2: チベット高原の南北方向に沿う(88°E‐92°E平均)、12‐18LT(a)および18-24LT(b)における降雨頻度(実線)と降雨量(全降雨量;棒線灰色、対流性降雨量;対流性降雨量)。(c)は地形の断面図。

(Fujinami, H., S. Nomura, and T. Yasunari 2005: Characteristics of diurnal variations in convection and precipitation over south Tibeatan Plateau during summer. SOLA, 1, 49-52.)


チベット高原上とその周辺域における数週間スケールの対流変動

北半球の夏季のチベット高原上の数週間 (7〜20日) スケールの対流変動と、それに関係した大規模な対流活動と循環場を、ユーラシア大陸と周辺海域上において解析した。 高原上の数週間スケールの対流変動は、同周期帯の亜熱帯ジェット上の準定常波的な波の変動の影響を強く受けている (Fig. 1)。具体的には、高原西側で高気圧(低気圧) 性循環が強まると、高原上には乾いた北風成分(湿った南風成分)がもたらされ、下層大気の成層は安定化(不安定化)する。 そのため対流活動が抑制(強化)される。 高原上の対流変動は、 他のアジアモンスーン領域と時計回りの位相関係を示している (Fig. 2)。これらは、同周期帯における中緯度とアジアモンスーン域との力学的相互作用の存在を示唆するものである。の雲活動は降水活動を伴ったものである(図2)。

 


Fig1: Phase 2における7〜20日でフィルターした200hPa流線関数と95%で統計的に有意な風ベクトル。


Fig2: 数週間スケールの対流変動の位相変化の模式図。対流活動活発域にハッチをかけた。白丸は95%で統計的に有意な格子点を示す。

(Fujinami, H. and T. Yasunari, 2004: Submonthly Variability of Convection and Circulation over and around the Tibetan Plateau during the Boreal Summer. J. Meteor. Soc. Japan, 82, 1545-1564. )


チベット高原の隆起に伴う地球環境の変化

チベット高原はアジアモンスーンを含む地球の気候形成に大きな役割を果たしていることは、これまでいくつかの大気大循環モデル(GCM)による数値実験で指摘されている。しかしながら、高原の段階的隆起に伴う海洋(海流系、海水温など)の変化を組み込んだ数値実験はこれまでなされていなかった。本研究室では、気象研究所と共同研究で、気象研究所大気海洋結合気候モデル(MRI-CGCM)を用いて、この問題に取り組んでいる。この数値実験では、高原の平均高度を、高原なしから現在の高さまでの間を6段階にわけ、それぞれの高原の高さでの地球気候のシミュレーションを行い、山岳の規模による気候形成への影響の違いを調べている。  その結果、アジアモンスーンは、高原の高さとともに強くなっていくが、現在の高さの80%で最も強くなることが明らかになった(図A)。 6月から8月を平均した夏季の北太平洋の熱帯域の海面水温(SST)は、山岳の高さとともに全体的に下がる傾向にあった。特に、北太平洋亜熱帯域の中部から東部がSSTの低下率が最も大きい地域であった。これは、山岳の高さとともに強まった亜熱帯高気圧に関連する、貿易風の強化による蒸発量の増加と層雲の形成にともなう短波放射の入射量の減少によることが、明らかになった。また、赤道に沿ったSSTの東西差は山岳が高くなるほど強化され、深さ300mまでの海洋の海水温の東西差も強化される(図B)。これらは、山岳の高さとともに強化された夏季のアジアモンスーンに関連する熱帯域の大規模な東西循環の強化により、大気海洋相互作用系として大気と海洋が変化した結果である。そして、この結果から、山岳の上昇にともない、熱帯海洋はラニーニャ状態が強化されることが明らかになった。  これらの数値実験の結果により、大規模山岳の存在は、アジアモンスーンの形成や大陸上の気候形成のみでなく、熱帯海洋の気候形成にも重要な役割を果たしていることが実証された。  現在、数値実験の結果を用いて、山岳の存在が海洋の循環やアジアモンスーンが1年を通した季節進行に果たす役割と、アジアモンスーンの季節内変動に果たす役割について調べている。さらに、亜熱帯高気圧の形成にも、山岳の存在が重要な役割を果たしている可能性が示されたことから、その役割についての解析を進めている。また、新生代第三紀から第四紀にいたる山岳の上昇にともなう古気候変化に関する考察も進めている。

 


図A チベット高原の上昇に伴う二つの地理的断面(A-B,C-D)沿いの夏季モンスーン降水量の変化

(Abe, M., A. Kitoh and T. Yasunari, 2003: An Evolution of the Asian Summer Monsoon Associated with Mountain Uplift -Simulation with the MRI Atmosphere-Ocean Coupled GCM-. J. Meteor. Soc. Japan, 81, 909-933.


図B 海水面から300mの深さまでの夏季平均した海水温と海洋循環の山岳がない場合とある場合の差(10°S−10°N平均)についての経度―深さ断面図。等値線は、海水温を示し、その単位は℃である。ベクトルは海洋の循環を示す。ただし、鉛直方向の値は、計算結果を10の5乗倍してある。単位は、m/s

(Abe, M., T. Yasunari and A. Kitoh, 2004: Effects of Large-scale Orography on the Coupled Atmosphere-Ocean System in the Tropical Indian and Pacific Oceans in Boreal Summer. J. Meteor. Soc. Japan, 82, 745-759. )


西部太平洋・海洋大陸の対流活動とインド洋東西振動

西部熱帯太平洋からインドネシア海洋大陸は、地球上で最も海水温が高く、対流活動も活発で、地球大気の熱源の中心として重要である。この地域の対流活動の変動は、全球的な気候・大気循環の変動にも大きく影響している。当研究室ではこの地域の対流活動の変動とその気候システムでの役割の解明を行っている。 近年発見された、北半球の秋に西部(東部)赤道インド洋で平年よりも海面水温(SST) が高まり(低くなり)、対流活動が活発(不活発)になるという東西非対称モード(ダイポールモード)に対しても、そのトリガーに実は西部熱帯太平洋・インドネシア海洋大陸での対流活動の変動と、関連する熱帯大気循環の変動が重要な役割を果たしていることが明らかになった。 図1は7月の西部太平洋・海洋性大陸上の外向長波放射(OLR)偏差(対流活動の指標)の主な変動(EOF解析の第1主成分)に関連する、OLR、SST、対流圏下層循環場偏差を7月から10月まで示したものである。インド洋東西振動の偏差は、東部の偏差が西部に先行して出現する。スマトラ沖で負のSST偏差と正のOLR偏差(弱い対流活動)は7月に出現し、同時にスマトラ島の西岸に沿った南東風の加速も顕著になる。この南東風加速はインド洋南東部のSSTを冷却し、秋季へと続くインド洋の東西振動を引き起こしている。この図で注目すべきは、同時に、南シナ海・フィリピン海と海洋性大陸上に対流活動の南北非対称な偏差が現れていることである。即ち、この地域での対流活動の南北差は西部太平洋上のハドレー循環の局所的強化とその一部としてスマトラ沖の南東風偏差を作り出し、引き続く秋季におこるインド洋の東西振動を励起していることが示唆される。

 


図1:インド洋における東西振動の発達過程。7月における海洋性大陸・西部太平洋上の対流活動偏差(EOF解析の第一主成分スコア)に対する、SST,OLR,下層風偏差のラグ回帰係数。

(Kajikawa, Y., T. Yasunari and R. Kawamura, 2003: The Role of the Local Hadley Circulation over the Western Pacific on the Zonally Asymmetric Anomalies over the Indian Ocean. J. Meteor. Soc. Japan, 81, 259-276. )


チベット高原起源の中規模擾乱が梅雨前線帯の対流活動に及ぼす影響

世界的にも顕著な亜熱帯前線である梅雨前線は、初夏に中国から日本に至る東アジア地域に多量の降雨をもたらし、人々の生活に大きく影響している。梅雨前線帯に特有な大気場の形成維持には、チベット高原の地形的影響や熱的影響、それに関連した降水システムの発生が大きく関与している。  1998年の6月上旬と7月下旬には活発な前線活動による記録的な豪雨と洪水が発生した。これらの雨雲はその経路をたどると数日前にチベット高原で発生した雲が東進したものであることがわかる。このような高原上と前線での対流活動がどのような大気場プロセスを経て結びついているかを調べている。特に、梅雨前線に沿って東進する中規模(メソα)スケールの擾乱の形成及び構造変化に着目している。

 


図1: 98年梅雨期(6〜7月)におけるTbbの東西時間断面





中央アジア アラル海における水収支の季節・経年変化について

地球上での水循環は、気候システムの中で重要な役割を果たしており、全球規模の水循環と水収支の現状把握とメカニズムの解明は、地球の気候システムを解明するために不可欠なものである。また、降水量や河川流量は、人間の生活に直接的に影響しており、水資源の定量的な把握は、社会活動において理解が求められているところである。本研究室では、ユーラシア大陸における水循環変動を地域スケールや流域スケールなどさまざまな角度から解析している。特に、大気水収支法という解析法を用い、降水量や蒸発量の変動の定量的・定性的な理解を目指している。これらに見られる水循環変動が、温室効果ガス増加に伴う地球温暖化などの人為的影響を含めた気候の長期的変化とどのように関連しているかを調べることは、将来の水資源予測にもつながると考える。  中央アジアにおいては近年、アラル海の水位低下が深刻な社会問題となっている。この地域における水循環変動を大気水収支法により解析した所、アラル海流域では、冬季の降水量は比較的大きな年々変動を示すことがわかった。冬季の降水は河川を通じて流域内の夏季の水源となる。降水の変動に伴って河川の上量では流量も変化しているが、降水が多い年でも、河川水は農業用水として大量に取水されているため、アラル海に注ぐ河川の河口部では流量が非常に小さくなる状態が続いている。夏季に河川から取水され、地表面に供給された水は、蒸発して流域外へ発散していくため、この地域において灌漑農業が水収支に与える影響は非常に大きいと考えられる。アラル海は外洋とのつながりをもたない内陸湖であり、海面蒸発水量に相当するだけの海面降水量と河川流入量がなければ湖は縮小する。アラル海周辺は乾燥地域であり、降水量が非常に小さいことから、河川流入水は湖にとって不可欠なものである。したがって、河川水を取水し、灌漑として蒸発ポテンシャルの大きい地表に供給し、蒸発・発散させることはアラル海縮小の大きな原因であると考えられる。




ボルネオ島サラワク熱帯林の水文気候システム

ボルネオ島は海洋大陸の中でも特に降水量が多く、明瞭な雨季・乾季を持たない。そのため熱帯雨林は強い乾燥ストレスを受けない。このような、気候学的に希有な地域の植生生理生態に重要な降水活動に注目し、サラワク州ランビル国立公園で観測された1999年から2002年までの林冠上の降雨量データを用いて、現地降水活動の日周変化を解析した。  平均的な降水活動の日周変化では、日中午後2時頃の短時間に集中する降水極大と、午後19時頃から降水活動が開始され深夜2次に頃に降水極大を持ち、朝方まで持続する1日2回の特徴的な日変化パターンが見られた(図1)。同期間のTRMM/PRを用いた広域解析では、午後の降水極大は沿岸付近の擾乱、深夜の降水極大は内陸から西海岸沖に進む降水擾乱によることが示唆された(図2)。
 


図1: サラワク州ランビル国立公園における4年間平均降水量の日周変化。赤線は現地観測データによる変化、青線はTRMM/PRデータによる変化。


図2: TRMM/PRデータによる降水量の空間分布(右‐13LT、左‐01LT)。図中黒丸はランビル国立公園。