研究紹介(齋藤 隆実)
齋藤 隆実 の研究紹介のページです。

キーワード:樹木の葉の水分生理学、樹液流計測、降雨の遮断損失、空中ライダー測量、森林水文学
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はじめに
私は植物の水に関する生態的な現象を明らかにするとともに、その生理的なしくみを調べています。 とくに樹木の葉について、水を吸うしくみや乾燥への対応を研究してきました。 また、森林に降った雨のゆくえについての物理的な現象も調べています。 このホームページは私の研究成果をわかりやすく紹介するために作りました。 平易な表現を心がけたため、厳密な記述を避けたところもあります。 詳しい説明はぜひ原著論文をご参照下さい。

▼ 目次
  1. なにゆえに研究をするのか

  2. 落葉広葉樹の蒸散と葉の水分特性 (Saito et al. 2003)
    樹木の種類によって個葉の蒸散速度の大きさは様々です。 この蒸散速度の違いは樹木のどのような生理的性質の違いによってもたらされるのでしょうか? 同所に生育する同齢の8種類の落葉広葉樹について、同時に同じ手法で測定し、決め手となる性質を明らかにしました。

  3. 水ストレスに対する葉の体積弾性率の応答 (Saito and Terashima 2004)
    個葉の圧−体積(Pressure-Volume)曲線から得られる体積弾性率は、葉の水分特性を決める重要な変数の一つです。 文献では、植物を乾燥環境に置いたときに、この値が上昇する例と低下する例が報告されどちらも適応的に解釈されてきました。 それでは、本当はどのように変化し、その変化にはどんな意味があるのでしょうか? コナラとミズナラの成熟した葉に水ストレスを与えて検証しました。

  4. 体積弾性率と葉の細胞壁の物性 (Saito et al. 2006)
    個葉の圧−体積曲線から得られる体積弾性率は、葉肉細胞の細胞壁の弾性的性質を示しているとされてきました。 しかし、実際に測定している個葉と、想定されている葉肉細胞との間には大きなスケールギャップがあります。 本当に体積弾性率は細胞壁の物性を示しているのでしょうか? 常緑樹アラカシと落葉樹コナラの葉を比較して検証しました。

  5. 常緑樹の古い葉のふるまい (Saito et al. 2007)
    春先に、常緑樹の枝では成熟した古い葉の先に新しい葉が展開します。 弱々しい新葉が無事に展開するためには、水分が根から新葉まで滞りなく届けられなくてはなりません。 しかし、水の流れの途中にある成熟した葉が邪魔をすることはないのでしょうか? 温帯の大阪と熱帯のボゴール(インドネシア)に生育する常緑樹アラカシを用いて検証しました。

  6. 樹冠における降雨の遮断損失の物理 (Saito et al. 2013)
    森林の樹冠上に降る雨の一部は、葉や幹に遮られて地面にたどりつく前に大気に還ってしまいます。 この遮断損失は一般的には樹体表面に付着した雨水の蒸発によるものと理解されています。 しかし、実際に観測してみると蒸発では説明できないような奇妙な様子を示し、 しかも理論が予測する蒸発量よりはるかに多量なのです。 それでは、本当の遮断損失の過程とは一体どのようなものでしょうか?

  7. 空中ライダーによる流域の合計辺材面積の見積もり (Saito et al. 2015)
    森林に覆われた流域からの蒸散量を見積もるとき、全樹木の合計の辺材面積が重要です。 しかし、3 ha程度の小流域でも数千本もの毎木調査は大変な重労働です。 近年、空中ライダーによって、航空機から樹冠高が精度良く測定できるようになりました。 この技術を応用して、合計辺材面積を簡単に見積もることはできないものでしょうか?

  8. 論文業績と学会発表、リンクなど



なにゆえに研究をするのか
子供の頃から登山や釣りが好きで冬にはスキーを楽しんでいましたが、 大学に入るまでは生態学や植物学という活動分野はよく知りませんでした。 大学の実習で、日光の中善寺湖畔のミズナラ林へ行きました。 実習では誰でも枝葉を新聞にはさんで標本を作ったり、毎木調査をします。 このような作業を通して、 私は森林をぼんやり眺めているだけでは分からないことが、 数字とともに明らかになっていくことに興味を持ちました。

修士課程では、富士山の麓で落葉広葉樹の生理活動の日変化を測定しました。 そのデータの意味するところを理解するために、 過去の樹木の水分生理学の論文や、日本の森林の林分構造や植生遷移についての論文を集めて読みました。 それらを論文にまとめる過程で、樹木の水分生理学に深く関わっていくことになりました。


調べてみると分かることですが、森林では斜面の上の方と下の方とでは生育している樹木の種類が違うようです。 空気も土壌も尾根の近くでは乾いていて、川沿いではじめじめと湿っていますから、 生育している樹木の種類の違いは、おそらく種による水分の使い方の違いと関係しているのではないかと思われます。

また、一本の枝葉をたぐり寄せて、中を流れているであろう水に思いを巡らせてみます。 根で吸収され幹を通って枝まで来た水分は、たぶんそのまま先端の葉まで自然に流れて行くことでしょう。 重力に逆らって流れているのに、途中の枝や葉で滞ってしまうことはありません。 したがって、樹木にはいつでも枝先まで水を届ける巧妙なしくみがあるに違いありません。

植物科学における多くの研究は草本植物を材料として用いています。 木本植物は栽培に長い時間がかかることや広い場所が必要なので普通は使いません。 しかし、実は樹木は植物科学の研究材料としてはとても都合がいいことがあるのです。

というのも、一般的に草本植物は個体が小さいため、植物体の各部分の水分状態の違いを調べるのは大変で、 しかも差が小さくはっきりした結果を得るのは難しいでしょう。 一方、樹木は個体が大きいので、各部分の水分状態は容易に測定できます。 また、根から葉への水分の移動距離は長くなり、水移動の原動力である水ポテンシャルの勾配も大きくなります。 したがって、樹木は植物体内での水分生理的な活動を拡大して見せてくれる優れた研究材料とも言えるのです。


一方で、樹木は陸上のバイオマスの大部分を占め、森林の骨格を形成している生物です。 天然林でも人工林でも、森林の変化はその地域に住む人間の生活環境に大きな影響を与えます。 したがって、樹木の個体群の性質をよく理解した上で森林を上手に管理することが、 野生生物を保護するだけでなく人間の生存にとっても利益になります。

とくに、生活に身近にあって森林の恩恵を受けている資源は生活用水でしょう。 日本の国土の7割は森林で、2割はスギかヒノキの人工林です。 その多くは林業の衰退から手入れが十分に行き届いていないと言われています。 人工林の管理はそこから流れ出てくる水の量と質を左右し、日本人の生活に影響します。 したがって、人工林に降った雨がどのような過程を経て河川に流れ出てくるのか、 よく調べる必要があるでしょう。

海外では、日本とは違う事情で人間の土地利用による森林の問題があります。 例えば、南半球のオーストラリア南西部では、約200年前に欧州人が入植した際、森林を牧草地に転換しました。 地下水位が上昇した結果地表に塩分が集積し、現在でも飲み水の汚染が問題になっています。 また、赤道直下のボルネオ島においては、熱帯雨林からアブラヤシ林への転換が進んでいます。 その結果起こる問題はすでにいくつか指摘されており、検証のための基礎データを収集しています。

Last updated: 10 March 2015
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